ふあん


「…ん」

なんか…あったかい。

イギリスはぼんやりとしながらもゆっくりと重たい瞼を上げた。
目を開くと同時に唇の温もりがそっと離れる。
まず見慣れた青色が視界一杯に映り、それからやはり見慣れた顔が見えてくる。
唇が触れ合うか触れ合わないかという距離。
「…起こしちゃった?」
「ああ」
「そう」
「…っふ」
そういうなりフランスはまた唇を合わせてくる。
ぷちゅ…くちゅ…という音が部屋の中に響く。
だんだんと眠っていた頭が覚めてくる。
ちゅっと軽い音をたててフランスが離れた。
「…ふらんす?」
「なに?」
相変わらずの至近距離でフランスが微笑む。
「どうやって中に…?」
「愛の力?」
むか。
青色がによりと笑う。
むかむか。
こちらの問いに真面目に答える気のないフランスにイラつき、にやけ顔の肩をぐいと押す。
が、フランスは離れないl。
「この…離れろ」
さらに力を込めると、「いーやぁー」といいながら、ぎゅっと抱きつかれた。
「もー…なんなんだよ、お前…」
と。気付く。酒臭い。
「…お前、酔ってんのか?」
「んー?よってないよー」
そう言うフランスの息はやはり酒臭い。
「明らかに酔ってるじゃねーか」
イギリスは小さくため息をついた。
ぎゅっと抱きついたままだったフランスが、そのままの体制でぽつりと呟く。
「中にはイギリスが前に渡してくれた鍵で入ったの」
「………あぁ」
一瞬何の話かと思ってから、さっきの問いの答えかと思い出す。
「最近お仕事忙しかったの。でもお仕事がやっと終わって、一人でお酒飲んでても全然楽しくないし。イギリスはいないし。
…もう二ヶ月近く会ってないし、来ちゃった」
ぐりぐりと顔を頬に押し付けてくる。さらさらの髪がこそばい。髭がちくちくする。
「………」
なんとなくそのままにさせていると、さらにぎゅーとフランスの力が強くなった。
「ちょ…」
苦しい、と言う前にフランスが口を開く。
「あいたかった…」
かぁぁぁぁぁあああと顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
なんだこいつ恥ずかしいやつだな、知ってたけど!
「おにーさん、ちょー寂しかったんだけど。イギリスは会いたくなかった?」
フランスが少し顔をあげて、こちらを見ながら尋ねてくる。
「い…いや…その…」
正直にいうと会いたかった。会いたかった、が。それを本人にいうかどうかというのはまた別の話である。主に羞恥心的な理由で。
「会いたくなかった?おにーさんのことなんかもう忘れちゃった?」
フランスらしくない、不安げな表情でこちらを見てくる。
「フランス?」
「言ってよ」
「…何かあったのか?」
いつもと違うフランスの様子に少々戸惑いつつも、両手をフランスの背中へと回し少しだけ力を入れる。
「…何も。何も無い!」
「?」
ぱふりと、またフランスの頭がイギリスの横に落ちてくる。
「この二ヶ月、坊ちゃんから電話もないし!メールもないし!尋ねてきてもくないし!会えないし!」
「っそれは!!」
ここ二ヶ月のことが思い出される。と、同時にイギリスの顔がぼっと赤くなる。
イギリスだって会いたかったのだ。
ただ、電話をかけようと携帯を出したところで用事も無いのになんと言えば…と思い、ならメールでと思ったのだが一体何を打てばいいのかと手が止まり、 フランスの家に行こうかと思いつつもフランスの家に行く口実になるような書類が全く無く、そして仕事でも全く鉢合わせなかったのだ。
「それは…」
イギリスがもごもごと言いよどんでいると、フランスが小さく言った。
「いくらおにーさんでも、いつも、家に押しかけたりするのが俺…ばっかだと、不安……」
ぽつりと言ってから、またぎゅーと力をいれて抱きしめられる。
表情は全く見えないが、微かに震えている声を聞きながら、あの時ぐだぐだと考えずに連絡すればよかった、と思う。
この二ヶ月の間は全く言うことが出来なかった言葉を今なら言える気がして、イギリスは小さく息を吸い込んだ。
「フランス」
そっと自分の顔の横にある愛しい恋人の髪をなでながら呼びかける。
「フランス、俺も、あ、会い…」
と。
すーすーと規則正しい寝息のようなものが聞こえてくる。
「………」
ぎぎぎ…と音がなりそうなくらいにゆっくりと顔をフランスの方へと向けると、整いすぎた寝顔が目に入る。
「……なんでだよ」
呟きと共に大きなため息をつく。
しばらくすーすーと寝息をたてるフランスを撫でた後、そっとフランスを体の上から転がり落とし、起き上がる。
「ったく、この酔っ払いが…」
ぶつぶつと文句を言いながらもフランスに毛布をかけなおし、またいそいそとその横に入る。
いつもこちらが呆れるほどの自信に満ちた恋人が明かしてくれた、酔わないと言えないような不安。
明日は羞恥心を押し殺してその不安を消してやらなければならない。
「手のかかる奴」
照れ隠しにぼそりと、フランス本人が聞いていたなら「お前にだけは言われたくない」といわれそうな言葉を呟いて。
イギリスはフランスの横でそっと目を閉じた。



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